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再興九谷 宮本屋窯の鉢 このエントリーをはてなブックマークに追加

再興九谷 宮本屋窯の鉢01
再興九谷 宮本屋窯の鉢02

再興九谷 宮本屋窯の鉢03

古九谷は17世紀半ばわずか50年程作られた色絵磁器である。

再興九谷 宮本屋窯の鉢04

長年加賀の大聖寺藩の初代藩主前田利治が有田にならい九谷に窯を開いたことから始まったと考えられていた。

再興九谷 宮本屋窯の鉢05

しかし1970年代に入り有田の窯跡から陶片が発見されたことにより、九谷より早い時期に有田でも同様の色絵磁器が作られていたことが明らかになった。

再興九谷 宮本屋窯の鉢06

それゆえこれらを総称して今日では古九谷様式と呼んでいる。
加賀のそれが長く続かなかったのは手間や費用が掛かりすぎたからともいわれるが定かではない。

再興九谷 宮本屋窯の鉢07

この古九谷を再興しようとする動きが興り加賀一帯に再び窯が築かれたのは、それからおよそ100年後のことであった。

春日山窯は加賀藩が京から青木木米を招いて開いたが、木米が去るとわずか十数年で姿を消した。

再興九谷 宮本屋窯の鉢08

再興九谷 宮本屋窯の鉢09

吉田屋窯は豪商豊田伝右衛門が開いた窯で特に青手の古九谷を再興することに力を注ぎ、現在の九谷焼の礎を築いたともいわれている。
しかしこれも経営逼迫のため7年で頓挫した。

再興九谷 宮本屋窯の鉢10

再興九谷 宮本屋窯の鉢11

宮本屋窯はこの吉田屋窯を買収し引き継いだ窯で、絵付け主任の飯田屋八郎右衛門は染物工だった経験を生かし華やかな赤を多用し細密な模様を全面に描きこんだ。
なかでも金彩を施した金襴手風の鮮やかなものは八郎手という。

再興九谷 宮本屋窯の鉢12

再興九谷 宮本屋窯の鉢13

再興九谷 宮本屋窯の鉢14

お宝
再興九谷 宮本屋窯の鉢
見込みは貝づくし。

再興九谷 宮本屋窯の鉢15

再興九谷 宮本屋窯の鉢16

再興九谷 宮本屋窯の鉢17

再興九谷 宮本屋窯の鉢18

再興九谷 宮本屋窯の鉢20

箱には青九谷貝づくし江戸(天保)宮本屋窯献上物と書かれている。

再興九谷 宮本屋窯の鉢21

気になる鑑定額は・・・

再興九谷 宮本屋窯の鉢19

鑑定額25万円。
鑑定の結果、実は宮本屋窯ではなく九谷本窯であることが判明。
幕末明治に作られた再興九谷の一種九谷本窯。
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