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松平元康の覚書01

お宝
松平元康の覚書
徳川家康は幼名を竹千代というが、14歳で松平元信、18歳で元康、22歳で家康と名乗り、25歳で徳川性に改姓した。
この覚書は、元康を名乗っていた1561年頃にいち早く帰属した三河の豪族菅沼氏に対し優遇を約束したもの。
武将の手紙のほとんどは右筆(代筆)で自筆の書状は珍しい。
花押の部分だけ本人がサインするというのが一般的。

松平元康の覚書02

松平元康の覚書03

松平元康の覚書04

松平元康の覚書07

松蔵の略称が書かれている。当時松平蔵人佐と名乗っていた。

松平元康の覚書05

松平元康の覚書08

この書状が書かれたのは永禄四年(1561年)で家康20歳の頃、その前年には桶狭間の戦いがあり今川家との関係が断絶し織田信長と同盟を結ぶことになっていく。

気になる鑑定額は・・・

松平元康の覚書06

鑑定額1000万円。
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