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横光利一の直筆原稿


横光利一の直筆原稿

横光利一(1898~1947)
昭和初期を代表する小説家。一時は「小説の神様」とまで称えられた。
明治31年福島県会津に生まれる。
19歳にして文芸雑誌に小説を投稿する。いきなり佳作に選ばれ天才の片鱗を見せ付けた。
当初は横光白歩(はくほ)と名乗っていた。
「日輪」で文壇にデビューしたのは25歳のとき。
これは卑弥呼を巡る男たちが壮絶に殺しあうさまを乾いた文体で書いたもので映画化にもなった。
その翌年にはさらなる表現の場を求め、川端康成、片岡鉄平、稲垣足穂らと同人雑誌「文芸時代」を創刊。
彼らは錯綜し分裂した自我を肯定的に受け入れ新たな視点と感覚で表現したため「新感覚派」と呼ばれた。
32歳のとき「寝園」がふたつの新聞で同時連載され流行作家の名を欲しいままにした。
その翌年「機械」を発表。これは町工場を舞台に従業員の間にうずまく情念を段落や句読点の少ない独特の文体で書いた短編で横光の代表作である。
かの小林秀雄はこの作品について、『世人の語彙にはない言葉で書かれた倫理書』と絶賛した。
38歳のときベルリンオリンピックの取材を兼ねて渡欧。パリを拠点に各地を訪問した。
6ヶ月滞在した後、新聞に連載したのが「旅愁」であった。
これは西洋と東洋の相克など当時の日本の知識人たちが直面した精神的苦悩を題材にした小説だが、激しく変貌する世界情勢の煽りを受けたびたび連載が中断、戦後再び書き継がれたものの、昭和22年横光が急性腹膜炎で急逝したため未完に終わった。


横光利一の直筆原稿

横光利一の直筆原稿

横光利一の直筆原稿

依頼品
横光利一の直筆原稿。

横光利一の直筆原稿

ペンネームは横光白歩で題は骨董師。

横光利一の直筆原稿07

横光利一の直筆原稿08

「主人公の五兵衛は茶碗を集めるのが趣味の物乞いだが、ある日肥料屋から茶碗を盗んだと疑われる。
村の巡査が取調べをすると、その最中五兵衛が茶碗を盗もうとしたため巡査は五兵衛を力任せに突き飛ばしてしまう。
その後五兵衛は無実だと分かるがそのときはすでに死んでいた。」という内容である。

横光利一の直筆原稿09

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この骨董師は横光が20歳のとき「文章世界」に投稿し佳作となったものの掲載されたのは選考結果だけで作品そのものはどこにも見当たらない。
そのためか2年後大幅に書き直し「寶」と改題、別の雑誌に掲載されていた。
またその4年後に出版した単行本「御身」にはさらに手を加え「村の活動」と改題した小説を収めていた。
いずれも主人公は同じ五兵衛だが「寶」と「村の活動」では悲惨さがやや薄れ、五兵衛が生き残る設定になっている。

気になる鑑定額は・・・

横光利一の直筆原稿16

鑑定額250万円。
この原稿だけで論文が書けるような第1級の文芸資料だという。
19歳のとき早稲田高等学院に入学するが投書雑誌に熱中したため退学になってしまう。
その頃の血気盛んな時期の作品ということらしい。

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[ 2011/03/08 ] 小説・原稿 |

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