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夏目漱石の絵はがき01


依頼品
夏目漱石(1867~1916)の絵はがき
絵はがきには作者の署名はどこにもない。
横に「子供の図 漱石先生水彩画 津田青楓鑑」と記されているのみである。

夏目漱石の絵はがき18

夏目漱石の絵はがき04

夏目漱石の絵はがき15

夏目漱石は絵を描くことが大好きで明治37年ころから親しい友人に水彩の絵はがきをたびたび送っていた。

夏目漱石の絵はがき03

夏目漱石の絵はがき07

「(前略)少し風替りのものを書いたから送ります 素人くさい處が好い所です 褒めなくてはいけません」

夏目漱石の絵はがき08

「僕の肖像を鏡へ向いてかいたらこんなのが出来た。 なかなか好男子だ」

夏目漱石の絵はがき10

夏目漱石の絵はがき11

それらは決して巧くはないがユーモア好きの漱石の人となりがごく自然に出ている。

津田青楓(つだせいふう) (1880~1978)

夏目漱石の絵はがき17

漱石と青楓が出会ったのは明治44年のことである。
青楓は明治13年に京都に生まれ、17歳から谷口香嶠(なにぐちこうきょう)に日本画を学んだ後、洋画家・浅井忠に師事した。
また明治40年からはパリに留学し3年後に帰国した。
その翌年漱石の門下生小宮豊隆の紹介で漱石の元を訪れた。
その後漱石は青楓から油絵の手ほどきを受けたが「油絵は性に合わん」と言い日本画に転向した。
しかし青楓によると下手の横好きだったという。

「漱石先生が『どうだ見てくれ』と言って出された二三の日本画はまことにへんちくりんなもので津田は挨拶の代わりに大きな口をあいて、『わははははは』 まず笑った。先生も自分で、クスクスと笑われた」
津田青楓著「漱石と十弟子」より

青楓は漱石の本の装丁をいくつか手掛けている。

夏目漱石の絵はがき12

夏目漱石の絵はがき13

気になる鑑定額は・・・

夏目漱石の絵はがき14

鑑定額40万円。
はがきの表裏を剥がしてイラストだけを残して表装してしまったためはがきとして不完全なものとなってしまった。そのため少し評価が低くなってしまった。
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