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富本銭01


お宝
富本銭(ふほんせん)
日本最古の流通貨幣。
字体から藤原京で発掘されたのと同じタイプの富本銭だと思われる。

富本銭14

富本銭19

富本銭15

富本銭16

富本銭18


気になる鑑定額は・・・

富本銭17

鑑定額1000万円。

鑑定士竹内俊夫は、藤原京で発掘されたものと同タイプの富本銭は、民間では今回の鑑定品しか確認していないと語った。

和同開珎(わどうかいちん)は、現在の埼玉県秩父市で銅山が発見されたことを記念し、708年に発行された貨幣である。
この後250年に渡り朝廷が発行した11種類の銅貨とともに皇朝十二銭と呼ばれているが、和同開珎はその中で最も古く長年日本最古の流通貨幣とされてきた。

富本銭02

富本銭03

富本銭04

富本銭05

富本銭06

しかし1998年、これを覆す発見があった。
奈良県の飛鳥池遺跡から大量の古銭が出土した。

富本銭10

これが即ち富本銭である。
実はこの富本銭は古い文献に記されているため、存在そのものは研究者のみならず古銭愛好家にも知られていた。
その文字や模様からすると災いを避け吉祥をもたらす、中国の厭勝銭(えんしょうせん)を模した物と考えられていた。
そのため江戸時代には模造品が数多く作られており、代に出回る富本銭は全て後世の作とされていた。

富本銭08

しかしその後各地の遺跡から次々と富本銭が出土し、かつて実際に存在したことだけは確認されたが、その数のあまりの少なさからして実際に流通したのではなく、あくまで見本のようなものであろうとの見解が大勢を占めた。

富本銭09

しかし1998年の飛鳥池発掘調査において、遺跡の工房で大量の富本銭が鋳造されていたことが確認された上、その鋳造年代が700年代に遡ることが判明した。

富本銭11

その後研究が進むと、日本書紀に記された天武天皇12年、即ち683年の「今より以後、必ず銅銭を用い銀銭を用いることなかれ」とある記述はこの富本銭のことであり、また上下に刻まれた富と本の字は、中国の故事「富民之本在於食貨」(民を富ませる元は食と貨幣にある)に由来。
そして左右の七曜の星は、中国の陰陽五行思想による万物生成の意味が込められていると考えられている。
形状が唐の開元通寶とそっくりなことからすると、唐に倣った都を作る際に貨幣も唐に倣ったものと思われる。
富本銭12

さらに2007年の藤原宮跡大極殿院発掘調査ではこれまでと異なった字体のものも発掘されている。

富本銭13

今後更なる発見は続くであろうが、日本最古の貨幣は富本銭との見解はほぼ定説になっている。
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[ 2012/02/01 ] 古銭・切手 |









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