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村送り切手2点01
 明治維新後、新政府は近代国家を創設すべく様々な制度の改革を行った。そのひとつが国営による郵便制度の実施である。
 明治4年、政府は従来の飛脚による配達を廃止しイギリスに倣った全く新たな郵便制度を導入したが、その配達が迅速かつ正確に行われるためには、それぞれの県との綿密な協議が不可欠であった。
 しかしその中で唯一開業延期を主張したのが高知県であった。その理由は高知県では江戸時代の初めから「村送り」という独自の制度がすでに確立していたからであった。
 主に藩からのお達しを各地の庄屋などに伝える為のもので、これをそのまま応用すれば事足りると考えたのである。そこで明治5年6月1日に新制度村送りを開始した。
 その際誕生したのが村送り切手であり、これは大きく3つに分類される。その1つ「公用村送」は公用のみに用いられたもので、1時間に1里以上の速さで配達され、朱色の図柄には植物やこうもりがデザインされている。「昼夜送」は現在の速達に相当し緊急の場合は夜間にも配達されたが、その図柄は公用と全く同じである。最も一般的なのは「村送」で色は黒く3里、6里、9里、12里、15里、16里以上の6種類が存在する。これは配達する距離によって料金が変わるシステムを採用していたからである。この村送り切手は日本で唯一地方自治体が発行した切手であった。
 一方明治政府が進める全国郵便もこれに遅れること2ヶ月、8月1日に始まったが村送りに比べるとまだ組織が脆弱で広く普及するには時間を要した。そのため高知県では一時期村送り制度と全国郵便が共存していた。やがて県内各地に全国郵便の支局が次々開局されると問題点が解消され、明治7年11月15日2年5ヶ月続いた村送り制度は姿を消した。


お宝
村送り切手2点

高知県の村送り切手。
切手は3里と9里の2点である。
村送り切手は、使用された期間が短いために現存数は極めて少ない。
消印に明治7年11月とあることから、村送り制度が廃止される直前に使われたと思われる。

村送り切手2点08

村送り切手2点09

村送り切手2点10

村送り切手2点11

気になる鑑定額は・・・

村送り切手2点12

鑑定額140万円

封筒のまま残っていたら200万以上の価値。

村送り切手2点02

村送り切手2点03

村送り切手2点04

村送り切手2点05

村送り切手2点06

村送り切手2点07

日本切手カタログ 2012
日本切手カタログ 2012
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