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南京赤絵の角皿01

南京赤絵の角皿02

赤絵とは
主に赤で上絵付けし低温で焼き付けた陶磁器をいう。
その歴史は12世紀の末に中国北部河北省で作られた宋赤絵に始まる。

南京赤絵の角皿03

五彩牡丹文碗

この技法をさらに発展させ次々と名品を生み出したのが明時代の景徳鎮であった。
例えば青花の淡い青緑を主色とする豆彩。

南京赤絵の角皿04

豆彩龍文壷

官窯が最も栄えた嘉靖(かせい)の赤絵はその時代を反映し色彩が増えしかも濃厚でまさに目を奪われんほどの豪華さである。

南京赤絵の角皿05

五彩魚藻文壷

南京赤絵の角皿06

南京赤絵の角皿07

それに次ぐ万暦赤絵も官能美に溢れているがやや明時代末期の退廃がみてとれる。
日本の茶人や愛陶家がこよなく愛したのはこの万暦赤絵であった。

南京赤絵の角皿09

五彩龍鳳文面盆

南京赤絵の角皿12

南京赤絵の角皿11

17世紀に入ると各地で農民の反乱が相次ぎ明王朝は衰退しその結果景徳鎮の官窯は消滅した。
しかし民窯はしたたかに生き残りむしろ自由闊達な赤絵を作りはじめた。
これを南京赤絵という。

南京赤絵の角皿13

南京赤絵の生地の多くは従来の青味が強い白ではなく乳白色を帯びている。
これは色彩を一層際立たせるためであった。

南京赤絵の角皿14

五彩独釣文八角盤

絵付けには基本的に染付けは用いず、色釉だけで彩色されている。
その色数も初期は赤、緑、黄と少なく作風はきわめて豪放であった。

南京赤絵の角皿15

五彩長江天門文盤

南京赤絵の角皿08

南京赤絵の角皿16

しかしその後、紺青、紫、黒、褐色などの色が増えるとこれらの色数を組み合わせ繊細華麗な作風へ変化していった。

南京赤絵の角皿17

五彩太湖石火花鳥蝶文六角盤

南京赤絵の角皿18

南京赤絵の角皿19

絵柄は文人画に基づいた花鳥図や山水図が多くこれも従来の赤絵とは全く趣が異なる。
通常山水図には五言または七言絶句の賛が花鳥図や草花図には賛に代わって蝶や蜂などが書き添えられている。

南京赤絵の角皿20

五子登科図
五彩家鶏文盤

南京赤絵の角皿21

李白「望天門山詩」

南京赤絵の角皿22

銘の多くは大明成化年製となどと記されているがこれは全く当てにならない。

南京赤絵の角皿24

南京赤絵の角皿25

南京赤絵の角皿26

これらはもちろん当時の日本にも持ち込まれ茶道具として珍重された。
酒井田柿右衛門はこれに多大な影響を受け、日本で最初の赤絵焼成に成功した。

南京赤絵の角皿27

色絵花鳥文大深鉢

1644年に清朝が興り民窯がその管理下に置かれると南京赤絵は消滅、数十年で姿を消した。

お宝
南京赤絵の角皿。

南京赤絵の角皿28

南京赤絵の角皿29

南京赤絵の角皿30

南京赤絵の角皿31


気になる鑑定額は・・・

南京赤絵の角皿32

鑑定額500万円。
今から350年くらい前の中国明時代末期から清王朝初期に掛けて景徳鎮の民窯で作られた南京赤絵。
当時の主要な輸出品で西欧諸国に売ったものは壷や花生けや蓋ものなど大作が多い。
ところが日本に輸出したものは茶道具あるいは鉢や小皿中皿など食器が多い。
デザインも日本人好みの余白を十分とった絵画的な構成になってるという。
縁は鉄釉いわゆる口紅というもので隈取してある。これは南京赤絵の手法とのこと。
寸法は1辺20センチでこれが1辺12センチの同じような皿だとわずかに30万円になる。
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[ 2011/03/20 ] 焼き物・陶器・磁器 |

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