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児玉希望の水墨画01

児玉希望の水墨画02

児玉希望(こだまきぼう・1898~1971)
水墨に生きた日本画家。
1898年広島県高田郡(現安芸高田市)に生まれる。
小さい頃から絵に親しみ13歳にして院体画に習った細密な武者絵を描いている。

児玉希望の水墨画03

20歳のとき上京、当初は実業家を目指していたが祖父の死を機に画家になることを決意。
日本画家川合玉堂の門を叩いた。
そのわずか3年後帝展に初入選し新進気鋭の画家として注目を浴びた。

児玉希望の水墨画04

山とよむ

児玉希望の水墨画05

飛泉淙々

30歳のとき盛秋で帝展で特選を受賞。
池の群青と紅葉した樹木の色彩の見事な対比は、大和絵の研究をするうちに自ずと身に着けたもので気品あふれる傑作と絶賛された。

児玉希望の水墨画06

児玉希望の水墨画08

児玉希望の水墨画07


児玉希望の水墨画09

暮春

児玉希望の水墨画10

花と銀鶏

児玉希望の水墨画11

荊軻

児玉希望の水墨画31

忠貞双絶

しかし色彩の効果にのみに頼ることを恐れ、南画を学びさらには花鳥画、歴史画、人物画などありとあらゆる画題に挑戦した。

枯野は北宗画の細密さとヨーロッパ絵画の写実が融合した戦前の代表作で眼光鋭い狐の姿に並々ならぬ技量が見てとれる。

児玉希望の水墨画12

児玉希望の水墨画13

児玉希望の水墨画14

さまざまな試行錯誤を経て最後にたどり着いたのが水墨画であった。
「水墨画だけは素人には絶対に描けるものではない 若し描いたとしてもそれは墨で描いた絵に止まり古来の水墨画とは自ら別のものである」
希望はこう語っている。

児玉希望の水墨画15

児玉希望の水墨画16

浮御堂

児玉希望の水墨画17

児玉希望の水墨画18

雨後

児玉希望の水墨画19

良宵

1957年、59歳で渡欧し1年間滞在した。
これは西洋古今の美術を勉強するとともに異国の地で水墨画を改めて見直し世界に通じる日本画を描きたいと思ったからであった。

児玉希望の水墨画20

児玉希望の水墨画21

モンブラン

児玉希望の水墨画22

仏蘭西山水絵巻 海の巻

帰国後発表した新水墨画十二題ではさらに東洋的抽象表現を追及、水墨画の新たな可能性を切り開いた。

児玉希望の水墨画23

海禾

児玉希望の水墨画24

日午

児玉希望の水墨画25

梵唄

1971年製作中に持病の脳血栓が再発し筆を持ったまま絵の中に倒れこみそのまま帰らぬ人となった。
享年72歳。

お宝
児玉希望の水墨画

児玉希望の水墨画26

児玉希望の水墨画27

切り立った山肌を勢いよく流れ落ちる滝が墨の濃淡だけで描かれている。

児玉希望の水墨画28

箱書きにはチボリの滝、イタリアローマ郊外、欧州展覧会出品と書かれている。

気になる鑑定額は・・・

児玉希望の水墨画29

鑑定額300万円。

昭和32年に1年間ヨーロッパに行き、主にイタリアで展覧会を催した。
そのときにイタリアで描いた作品。

児玉希望の水墨画30

残念ながらシミが出てしまってる。
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